京都新聞 『灯』より
ろうそくの明かりだけが揺れる薄暗い本堂では、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」が
上演中だった。京都市南区の地蔵院というお寺を先夜、訪ねた。
一人芝居「審判」で知られる新劇俳優の浜崎満さん(六〇)と遠藤久仁子さん
(三九)が、近所の人たちを前に、ここで月一回開いている小劇場。二人は文学
作品を劇にして、二人芝居で演じる。激しい動きが畳の振動でじかに伝わってく
る。演じる側と見る側が互いに触れ合えるような親近感がここの特徴だ。
「十年間は続けたい。低料金で一人でも多くの人に劇の楽しさを知ってほしい
から。」と二人。入場料は子供五百円、大人千円。五月からは昨年に続いて、円
山公園で野外公演も始める。二人の劇はここでも多くの感動を呼ぶのではないだ
ろうか。 京都は近世演劇の発祥の地ともいわれる。出雲のおくにが四条河原で
演じた「おくにかぶき」は、歌舞伎の元となった。近代も、さまざまな劇団が活
躍し、京都は演劇分野でも特異のエネルギーを発揮してきた。平安建都一二〇〇
年の今年三月には、京の町をステージに「芸術祭典・京」が開かれ、演劇などで
芸術の町・京都をアピールした。しかし、近年の東京一極集中化は演劇などの分
野も例外でないと言われる。
京都復権が今、いろんな面で問われている。京都の
一面を形づくってきた演劇などもそうだろう。しかし、
浜崎さんらを見ていると演劇のエネルギーはひっそり
とだが、確実に継がれている。しかも草の根という原
点で。京都を舞台に独自に演劇普及に挑む二人に、新
しい「京都のおくに」のような存在になってほしいと
思った。
(松本 忠之)